救援06年6月号

死刑の透明度について(一)

アルストン報告書

 二〇〇六年三月にジュネーヴの国連欧州本部で開催された最後の国連人権委員会六二会期に、フィリップ・アルストン「恣意的処刑に関する特別報告者」が、死刑の透明度に関する報告書(E/CN.4/2006/53/Add.3)を提出した。「恣意的処刑に関する特別報告者」は、一九八二年の経済社会理事会決議によって創設されたが、アルストンは二〇〇四年の決議によって四人目の報告者に任命され、二〇〇五年に続いて二度目の報告書を提出した。なお、前任者はアスマ・ジャハンギルであった。
 報告書第一部の説明によると、二〇〇五年報告書は「死刑存置国はその選択を国際法によって禁止されていないとはいえ、死刑適用に関する詳細を情報公開する明らかな義務がある」としていた(E/CN.4/2005/7)。これを受けて二〇〇六年報告書は死刑情報公開問題を取り上げた。
 透明度は生命の恣意的剥奪を予防する基本的な適正手続き保障である。世界人権宣言や国際自由権規約が述べているように、刑事告発された者は公開の裁判を受ける権利を有する。国際自由権規約第一四条一項は、秘密裁判の範囲を限定し、高い透明度を要請している。有罪判決後の秘密手続きも、適正手続きの権利や拷問等からの自由の権利を尊重するべき国家の義務によって制限されている。
 しかし、透明度といっても、例えば、日本では個別の執行に関する情報は公表されないが、統計は公表されている。中国では広く宣伝される処刑もある一方、統計は公表されていない。各国の実務において透明度がどのような現状にあるかの具体的な情報がなかったので、報告者は各国政府に協力を求めた。ベラルーシ、中国、朝鮮、エジプト、サウジアラビア、シンガポール、ヴェトナムが回答を出したが、アフガニスタン、イラン、日本、シリアは回答しなかった。
 報告書の第一の結論は、公衆は、重要な情報が欠落していれば死刑について評価できないということである。ⓐ死刑判決数、ⓑ実際の執行数、ⓒ控訴審で破棄・減刑された数、ⓓ死刑囚の数などが公開されなければならない。
 第二の結論は、被告発者、家族、弁護士は手続き、控訴、恩赦の申請、処刑に関する情報を提供されるべきである。経験によれば、これが保障されないと適正手続きが侵害されがちである。
 報告書は、第二部で死刑適用の情報公開義務について論じ、第三部で有罪判決後の透明度問題を扱い、第四部で結論を示している。

情報公開義務

  透明度は司法にとって基本的要請である。公開がなければ公正はない。国際自由権規約第一四条一項は公開の一般原則を示している。道徳やプライヴァシー保護の必要のある場合や、その公開が司法の利益をそこなうような場合以外は公開が原則である。一九八九年の経済社会理事会決議は、死刑犯罪の罪名、死刑判決数、実際の執行数、控訴審で破棄・減刑された数などの公開を各国に促した。
 情報公開義務はたとえ緊急状態であっても否定できない。第一四条は国際自由権規約第四条二項には掲げられていないが、厳格な適用を要請される。自由権規約委員会も、第一四条の要請は厳格に守られるべきとしている。
 死刑を正当化する理由の一つに、公衆の支持があげられる。中国政府は二〇〇三年と二〇〇五年に、自国の固有の状況と人民の要望をあげている。日本政府も二〇〇五年に国連事務総局に対して、公衆の多数が死刑を必要と認めていると報告している。しかし、多くの諸国では、公衆がそうした判断をするのに必要な情報が欠落している。公衆は死刑について判断する情報を手にしていない。国連事務総局は五年ごとに死刑に関する調査を行なっているのに多くの国家が協力していない。二〇〇五年調査では死刑存置国六二カ国のうち回答をしたのはバーレーン、日本、トリニダードトバゴ、アメリカの四カ国にすぎない。
 ベラルーシは、死刑統計も被執行者名も公表していない。ベラルーシ内務省は二〇〇四年には執行はなく、死刑囚もいないと発表した。しかし、新聞報道によると五件の執行があり、一〇四名の死刑囚がいるという。
 シンガポールは、統計を定期的に公表はせず、執行を公表しないことが多いが、ジャーナリストの質問に答えることがある。アムネスティ・インターナショナルによると、死刑統計は秘密だが、シンガポール政府は質問には回答しているという。二〇〇三年には一九件、二〇〇四年九月までに六件の処刑があった。アムネスティ・インターナショナルによると、シンガポールでは一九九一年以来四〇〇人が処刑された。政府は正確な情報を公表していないが、この見積もりの正確さを認めている。
 死刑情報を秘密にする理由として一番あげられるのが「国家の安全」である。例えば、以前は死刑情報を公表したことのあるヴェトナム政府は、二〇〇四年に、死刑情報は人民法廷の機密事項であると宣言した。中国政府も、「国家の安全」を理由としている。二〇〇四年三月に南西政治大学法学部長チェン・ゾングリンが中国では毎年ほぼ一万人が執行されているとしたが、政府はなぜ統計を公開しないかの理由を示すことも避けた。中国は国連事務総局や経済社会理事会の調査にも回答していない。
 インドは透明度を高めるようになってきているが、死刑判決や執行に関する過去の情報と現在の情報の間に重大なギャップがある。一九九五年以後、死刑の数は公表しているが、毎年の被執行者の名前などは公表されていない。内務省は、二〇〇四年のダナンジョイ・チャタールジィの執行がインド独立以来五五番目の執行であると述べている。しかし、あるNGOによると、一九五三年から十年間だけで一四二二件の執行があった。マハラシュトラ州は情報公開したが、デリー州は公開を拒否している。
 国家の安全や公共の秩序は、国家が死刑情報を秘密のうちに分類することを許すことになる。国際自由権規約第一四条一項は、裁判段階において一定の理由の場合にだけ秘密とすることを許しているにすぎない。司法に関する基礎的情報が公共の秩序や国家の安全を危険にするとは考えられない。