旅する平和学(1)
泥沼のアフガニスタン

 アフガニスタンが再び注目を集めている。しかし、議論は「テロとの戦い」など殺す側の都合に集中している。高原都市カブール、歴史から置き去りにされた古都クンドゥズ、砂漠の彼方のマザリシャリフに暮らす人々の命や安全は度外視されたままだ。

民衆殺戮

 「テロ特措法」期限切れのため福田康夫政権は「新テロ特措法(補給支援特措法)」を国会に提出した。しかし、自衛隊による米軍への洋上給油に疑念が浮上した。「テロ特措法」の目的外の給油が行われていたのだ。防衛省は情報を隠蔽し、給油記録も廃棄したなどという。
 問題は給油疑惑だけではない。そもそも米軍によるアフガニスタン侵略に加担してきた日本政府の責任こそ重要だ。「九・一一」を口実に二〇〇一年一〇月に開始された対アフガニスタン戦争は、もともと正当化理由のない違法な侵略戦争である。「九・一一」の真相が不明のまま、アル・カイーダによる犯行と決め付けた時から数々の嘘が積み重ねられてきた。アメリカが発表したハイジャック犯名簿も疑わしい。タリバーン政権は交渉を受け入れたのに、交渉を拒否していきなり戦争に訴えたのはブッシュ政権だった。「九・一一」の興奮状態で始めた戦争によって、タリバーン政権を転覆してカルザイ傀儡政権を捏造したが、アフガンは大混乱に陥ってしまった。
 米軍は「タリバーンが復活した」と称して「テロとの戦い」だと説明するが、抵抗する勢力ばかりか、近隣の民衆も巻き込んで無差別に虐殺しておいて、後から「タリバーンだ」と勝手に決め付けたり、「誤爆」だと言い訳を続けてきた。ISAF(実質はNATO軍)も「人道支援」などと嘘を並べ立てながら、アフガニスタンを占拠して各地で民衆殺戮を続けている。
 六年たっても政治的安定は得られないうえ、カブール以外の各地はますます不安定となり、危険になっている。二〇〇七年夏の韓国人人質事件はその現れである。
 アフガニスタン支援のはずなのに、なぜアフガニスタン人を殺すための軍隊を派遣する必要があるのか。現地の人々が必要としているのは、安全な水、食料、医療、教育の支援だ。生活再建だ。一部のNGOは命がけで井戸掘りや食糧支援を続けてきたが、軍事活動が続いているため、思うようには活動できない。

 

 

サロン峠を越えて

 

 二〇〇二年以後、アフガニスタン各地を四回訪問した。最初の二回はカブールで、米軍の爆撃による民間人被害者の取材を行った。パキスタンからカイバル峠を越えて、ジャララバードを経てカブールへ向かうのも危険だった。移動や宿泊にも万全を期す必要がある。現地NGOの協力を得て迅速に移動し、目立たないように心がけた。
 三回目の取材では、ヒンドゥクシ山脈のサロン峠を越えて、古都クンドゥズとマザリシャリフを訪れた。
 ヒンドゥクシ山脈は、ヒマラヤ山脈、カラコルム山脈と並ぶ三大山脈であり、パキスタン北部では七〇〇〇メートル級の山々が連なる。アフガニスタン北東部を東から西へ貫いているが、この辺でも五〇〇〇メートル級である。かつて山越えは一大事業であった。ヒンドゥクシとは「インド人返し」という意味だ。中腹部に掘られたサロン・トンネルが、アフガン北部と南部をつなぐ動脈となっている。標高は二六〇〇メートルだ。
 サロン・トンネルの入口は雪の吹き溜まりになっていた。唸る風と矢のように吹きつける雪が痛い。真っ白な世界で、吹雪のためすぐ近くでも入口が見えない。大変なところに来てしまったと思った。
クンドゥズでは周辺の寒村を回った。十数軒の家々が身を寄せ合うように並んだ集落の真ん中にポッカリと空白ができている。米軍による誤爆の跡地だ。ここで亡くなった二六人の人々の家族が取材に応じてくれた。ここには軍事施設もないし、タリバーンもいなかった。畑の真ん中の小さな村だ。村人たちは何が起きたのかさえ理解できないようだった。
近郊のアーハンガラン村などにも爆撃があり、クラスター爆弾がばら撒かれた。クラスター爆弾のために失明したラシード、手に怪我をしたシーミンにも話を聞いた。一四歳だった。一発の爆弾で全家族を失った男性の瞳はうつろだった。
 マザリシャリフのブルー・モスクは幸いなことに傷一つなく静かにたたずんでいた。しかし、その周辺には、息子が流れ弾に当たって死んだ父親、爆撃で両足を失った若者、民間バスに対する誤爆で息子を失った女性たちがひっそりと暮らしていた。爆撃の犠牲者だけが被害者ではない。難民となってさ迷い歩いた無数の人々が確実に命を切り刻んでいる。こうした人々を訪ね歩いて証言を記録する辛い旅であった。被害者たちの協力によって二百名近くの犠牲者リストをつくることができた。
 マザリシャリフ周辺で取材をしている時、サロン・トンネルの積雪が崩落してトンネルが閉鎖されたという情報が入った。大慌てでカブールへ戻る算段に追われたのも懐かしい思い出だ。
 開戦から六年、混迷の深まるアフガニスタンの政治的安定のためにテロリスト掃討が必要だなどというのは、恥と嘘の二重の上塗りでしかない。混乱を持ち込んでいるのは外国軍だ。米軍やISAFを支援することは、アフガニスタン民衆殺戮に加担することである。
 タリバーン復活などというが、各地の農村の若者たちが自分たちの暮しを守るために立ち上がっているから農民たちに支持されているのだ。彼らをテロリストと決め付けて攻撃しても「テロとの戦い」にすら、ならない。
 アフガニスタンでもイラクでも明らかになったのは、史上最強の軍隊をもってしても見せかけの安定しかつくることができず、武力で平和はつくれないことである。六年もの間、失敗を重ねてきて気づこうとしないのは、あまりにも愚かである。

 

(月刊社会民主2007年12月号)