歴史・人権週間2008

世界は日本の歴史・人権に注目している
――国際人権諸機関による勧告


一 はじめに

 日本は経済大国であり、サミットに参加する先進国であり、自由民主主義国家ということになっています。
しかし、どんな先進国であっても、歴史を振り返ればさまざまな問題を抱えているものですし、人権保障が万全ということもありません。
 まして日本は、歴史と人権に関しては、むしろ「後進国」だと批判されてきた面があります。経済大国として金儲けや技術に関しては先進的であっても、人間らしく生きる社会を作るという点では、落第生かもしれません。過労死、自殺問題、高齢者福祉の貧困は目を覆うばかりの惨憺たる状態にもかかわらず、放置されています。年金問題の深刻さは言うまでもありません。市民的政治的権利も経済的社会的権利も、一部の特権的な人間だけが享受しています。「格差社会」と呼ばれるように、「負け組」とされた多数の人々は人間らしい生き方を否定されているも同然です。
「勝ち組・負け組」といいますが、競争の結果、勝ったり負けたりしたのではなく、はじめから制度的に振り分けられています。スタートラインに立てるのは一部の人だけで、大半の人はスタートラインよりも遥か彼方の後ろから出発しなくてはなりません。
 どんなに努力してもスタートラインに立たせてもらえない人も多数います。懸命に努力してスタートラインに近づいた在日朝鮮人は、強引に引き戻されたり、競技場から追い出されたりする始末です。
日本社会ではそれが当たり前のように思われていたり、仕方がないとあきらめさせられるのが一般的です。
 しかし、法律や制度によって差別が固定されたり、人権が侵害されることは、日本国憲法のもとでは否定・禁止されているはずです。せっかく日本国憲法があっても、正しく適用されていませんし、日本国憲法にも限界があります。
 そこで注目されるのが「国際人権法」です。
 国際人権法とは何かを議論し始めると難しい話ばかりになってしまいます。そうした解説は別の機会に譲るとして、本稿では、「国際人権法から見た日本」について、これまで実際に国際人権法の分野で出されてきた日本政府に対する勧告を見ていくことにします。
 まず、国連における人権機関が日本に対してどのような勧告を出してきたのかを具体的に見ていきます。次に、国連以外の国際的な機関や諸外国の機関による勧告を見ることにします。これら全体を俯瞰すれば、「日本の基本問題」が一目瞭然となります。

二 国連人権機関の勧告

 まず、国連人権機関です。国連には、(1)国連憲章に基づいて設置された常設人権機関と、(2)人権条約に基づいて設置された条約人権機関があります。

(1)常設人権機関

 国連憲章に基づく常設人権機関は、人権理事会です。国連には安保理事会、経済社会理事会と並んで、2006年から人権理事会が設置されています。
 2006年以前は、経済社会理事会の下部機関として人権委員会が設置されていました。これが2006年に人権理事会に「昇格・改組」されたのです。
 また、人権理事会には下部機関として人権小委員会(人権促進保護小委員会)という専門家委員会もありました。
 常設機関で日本に対して出された勧告は、(a)日本軍性奴隷制(「慰安婦」問題)に関するもの、(b)在日朝鮮人の人権に関するものがあります。

(a)日本軍性奴隷制に関する勧告

 国連人権委員会において日本軍性奴隷制に関する議論が盛んに行われたのは1990年代のことです。その結果、次のような勧告が出されました。
 1993年 テオ・ファン・ボーベン重大人権侵害問題勧告(人権小委員会)
 1996年 ラディカ・クマラスワミ女性に対する暴力勧告(人権委員会)
 1998年 ゲイ・マクドゥーガル戦時性奴隷制勧告(人権小委員会)
 これらの勧告は、日本軍性奴隷制が、当時の国際法(奴隷制の禁止、人道に対する罪、戦争犯罪など)に違反するとし、日本政府が真相を解明し、資料を公開し、被害者に謝罪と補償をし、歴史教科書に記述すること、および責任者を処罰する必要があることを明らかにしました。
 クマラスワミ『女性に対する暴力』(明石書店、2000年)、クマラスワミ『女性に対する暴力の十年』(明石書店、2005年)、マクドゥーガル『戦時性暴力を裁く』(凱風社、2000年)参照。

(b)在日朝鮮人の人権

 2006年3月、人権理事会のドゥドゥ・ディエン人種差別問題報告者は日本における人種差別に関する報告書を公表しました。ディエン報告者は2005年に日本を調査のために訪問し、日本政府は多くのNGO(非政府機関)、在日朝鮮人から情報提供を受けて、この報告書を出しています。
 ディエン報告書は、「在日朝鮮人歴史・人権週間」2007および2008のモチーフでもあります。その概略については、本稿末尾の資料➀を参照してください。

(2)条約人権機関

 人権条約に基づいて設置された人権機関は次の6つの委員会です。

 自由権委員会――自由権規約(国際人権規約B規約)に基づいて設置
 社会権委員会――経済社会理事会決議に基づいて設置
 女性差別撤廃委員会――女性差別撤廃条約に基づいて設置
 子どもの権利委員会――子どもの権利条約に基づいて設置
 人種差別撤廃委員会――人種差別撤廃条約に基づいて設置
 拷問禁止委員会――拷問等禁止条約に基づいて設置

 条約人権機関には国家報告審査の制度があります。自由権規約を批准した国家は、条約に基づいて、自国の人権状況に関する報告書を提出します。自由権委員会は、政府報告書を元に審査し、各国に質問をします。このとき、委員会は、民間団体であるNGOが提供した情報を活用することが増えています。政府報告書だけを見ても実態がわからないことが多いからです。審査の結果、委員会は、一般的な性格を有する勧告を公表します。勧告には法的強制力があるわけではありませんが、事実上の改善努力目標となります。
 日本政府も上記の6つの委員会に何度も報告書を提出して、審査対象となってきました。委員会では日本におけるさまざまな人権問題が取り上げられ、死刑廃止、代用監獄廃止をはじめとする数々の勧告が出されてきました。
 在日朝鮮人の人権に関しても、社会権委員会、子どもの権利委員会、人種差別撤廃委員会で繰り返し取り上げられてきました。比較的最近の2つの例を紹介しましょう。
 2001年3月、人種差別撤廃委員会は、日本政府報告書の審査の結果、たとえば次のような勧告を出しています(本原稿末尾の資料➁参照)。
・石原慎太郎都知事の差別発言に対する措置がなされていない。
・チマチョゴリ事件に関する日本政府の対応は不適切である。
 在日外国人の教育を受ける権利についての理解が不適切である。
 朝鮮学校に対する差別を是正するべきである。
 2007年5月、拷問禁止委員会は、日本政府報告書の審査の結果、たとえば次のような勧告を出しています(資料➂参照)。
 性奴隷制被害者の要求を時効を理由に却下したのは遺憾である。
 性暴力被害者のリハビリテーションが必要である。

三 国際的機関・諸外国による勧告

 国連人権機関以外にも、国際的な機関で日本の歴史・人権が問われてきました。その第一は(1)ILOにおける「慰安婦」問題や強制連行問題の議論であり、最近は(2)アメリカ下院やEU議会における決議が続いています。

(1) ILO

 国際労働機関(ILO)は、国連よりも古い国際機関です。ILOには労働問題に関する多くの国際条約の適用状況を検討する条約適用専門家委員会があります。条約適用専門家委員会は、強制労働条約に関する日本の状況を取り上げて、何度も勧告を出してきました。
 1996年、1997年には、「慰安婦」が条約の「強制労働」に当たるとして、日本政府に適切な配慮を求めました。1999年には、「国民基金」は適切とはいえないことを示しました。2001年にも、「国民基金」ではなく日本政府の対処を求めました。2003年には、被害者が高齢に達していることを指摘し早期解決を求めました。2007年にも、被害者の要求にこたえる措置を講じるよう断固として繰り返しました。
 このように、ILOはなんと6回にもわたって改善勧告を続けてきました。

諸外国

 日本軍性奴隷制の被害者がいるアジアでは、1990年代から、朝鮮、韓国をはじめとして、日本政府による解決を求める決議などが何度も出されてきました。
 他方、2007年には大きく状況が変わりました。というのも、アメリカ下院で「慰安婦」決議が浮上したためです。しかも、安倍晋三首相(当時)の無責任発言が世界に大きく報道されたこともあって、「慰安婦」問題が脚光を浴びることになりました。
 こうして2007年にはアメリカ、カナダ、オランダ、そしてEU議会で相次いで決議が採択されました(資料➃)。

四 おわりに

 最後に一点だけ確認・強調しておきたいことがあります。
 これまで紹介してきた国連やその他の国際機関による決議や勧告は、国際機関や各国政府が率先して動いて、自然に実現したものではありません。これらの決議を実現するためには、その背後でさまざまな努力が積み上げられています。
 性奴隷制被害者、人権侵害被害者が自ら声を上げて、正義の回復を求めました。被害者の遺族や周囲の人々も、立ち上がる被害者を支援し、被害者に学び、時には逆に励まされながら活動を続けてきました。 加害側も被害側も含めて、民間団体であるNGOが世界を飛び回って、問題解決を訴えてきました。2000年12月に東京で開かれた「女性国際戦犯法廷」はNGOによる大運動となりました。その後も国際連帯協議会などさまざまなネットーワークが広がり、国連人権機関でも各国の議会で懸命のロビー活動を続けてきました。
 歴史の歪曲を許さない、人権侵害を許さない、人権侵害の被害回復を求めるNGOの国際連帯活動が国連や各国政府を動かしたのです。
 今後の国際人権法の動向も、NGOの活躍にかかっているといえます。在日朝鮮人の人権を正しく保障することは、日本におけるあらゆる人々の人権保障と繋がっています。そして、世界における人権保障とも繋がっています。日本の中で国際人権法を活かすことは、国際人権法の可能性を押し広げ、世界に貢献することができます。

資料➀

日本には人種差別がある
――国連人権理事会特別報告者、日本政府に勧告

前田 朗

 二〇〇五年七月に来日した国連人権理事会の人種差別に関する特別報告者の報告書が公表された。報告書は、日本政府に対して、人種差別禁止法を制定すること、人権委員会を設立することなど多くの勧告を行なっている。

人種差別の隠蔽を批判

 「日本政府は、日本社会に人種差別や外国人排斥が存在していることを公式に表立って認めるべきである。差別されている集団の現状を調査して、差別の存在を認定するべきである。日本政府は、人種差別と外国人排斥の歴史的文化的淵源を公式に表立って認め、人種差別と闘う政治的意思を明確に強く表明するべきである。こうしたメッセージは、社会のあらゆる水準で人種差別や外国人排斥と闘う政治的条件をつくりだせるのみならず、日本社会における多文化主義の複雑だが意義深い過程を促進するであろう。」
 今回公表された報告書は、日本政府に対して、もっとも根本的なレベルからの勧告を行なっている。というのも、人種差別の事例を一つひとつ指摘したり、その克服のための提言をしているだけではない。何よりもまず日本政府が日本に人種差別のあることを認めるように迫っているのである。このことの意味は大きい。なぜなら、日本政府は従来、日本社会に人種差別が根強く存在することに光を当ててこなかった。それどころか、人種差別の存在を隠蔽したがっていると疑われるような姿勢をとってきたからである。
 毎年ジュネーヴ(スイス)の国連欧州本部で開かれてきた国連人権委員会や人権促進保護小委員会、日本政府報告書を審査した二〇〇一年三月の人種差別撤廃委員会、同年八月にダーバン(南アフリカ)で開かれた人種差別反対世界会議――これらの国際会議に参加してロビー活動を展開してきたNGOにとっては、人種差別が現に存在することを日本政府に認めさせるためにエネルギーを使い続けてきたのが実情なのだ。
 特別報告者の勧告は、人種差別を隠さずに認めて、その克服のために国際社会並みのスタートラインに立つことを日本政府に求めている。日本社会構成員の九八%以上が日本人であり、圧倒的多数を占めているため、差別される側の痛みを理解しない社会意識が根強い。政府が的確に事実を認識して人種差別対策を行なわなければ、被害者の声が掬いとられることがない。
 国連人権委員会の特別報告者が日本の人権問題について報告書をまとめたのは、一〇年前のラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」による『日本軍「慰安婦」に関する報告書』(一九九六年)以来二度目のことである。
 報告書の正式名称は『人種主義・人種差別・外国人排斥・関連する不寛容の現代的諸形態に関する特別報告者ドゥドゥ・ディエンの報告書:日本訪問』(E/CN.4/2006/16/Add.2)である。ディエン特別報告者は、二〇〇五年七月三日から一一日にかけて来日し、大阪、京都、東京、北海道および愛知を訪問した。日本政府の外務副大臣、関連省庁担当者、裁判官、および大阪・京都・東京・札幌の自治体関係者と面会した。また、日本弁護士連合会を含む多くのNGOメンバーと会合を持った。その上で作成された報告書だが、残念ながら東京都知事には会えなかったとわざわざ明記されている。国際的に有名な差別主義者の都知事に面会したかったのであろう。

差別禁止法を求める

 ディエン報告者は、日本における人種差別の現状を分析し、日本政府の政策や措置も検討した上で、二四ものパラグラフに及ぶ勧告を行なっている。特に強調されているのが、人種差別が存在することを公的に認め、人種差別を非難する意思を明確に表明し、人種差別と闘うための具体的措置をとること、従って、そのために人種差別禁止法を制定することである。
 「日本政府は、自ら批准した人種差別撤廃条約第四条に従って、人種差別や外国人排斥を容認したり助長するような公務員の発言に対しては、断固として非難し、反対するべきである。」
 都知事をはじめとする政治家による差別発言や暴言の数々はいまや国際的にも知られている。
 「日本政府と国会は、人種主義、人種差別、外国人排斥に反対する国内法を制定し、憲法および日本が当事国である国際文書の諸規定に国内法秩序としての効力を持たせることを緊急の案件として着手するべきである。その国内法は、あらゆる形態の人種差別、とりわけ雇用、住居、婚姻、被害者が効果的な保護と救済を受ける機会といった分野における差別に対して刑罰を科すべきである。人種的優越性や人種憎悪に基づいたり、人種差別を助長、煽動するあらゆる宣伝や組織を犯罪であると宣言するべきである。」
 勧告は、二〇〇一年の人種差別撤廃委員会の日本政府に対する勧告を引用して、人種差別禁止法の制定を呼びかけている。人種差別撤廃委員会において、日本政府は「日本には処罰する必要のある人種差別は存在しない」と述べて、顰蹙を買った。
 日本政府は人種差別禁止条約を批准した際に、人種差別行為を犯罪とする内容を規定した条約第四条 (a)(b)の適用を留保した。これに対して、人種差別撤廃委員会は、日本政府の留保は条約の基本的義務に合致しないと指摘した。特別報告者も同様の指摘をして、人種差別禁止法の制定を求めている。
 日本政府は、表現の自由を根拠に人種差別の処罰は困難であると述べて世界を驚かせた。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツをはじめ世界中で多くの諸国が何らかの形で人種差別を禁止し処罰している。 これらの国には表現の自由がないのだろうか。人種差別撤廃委員会は、人種差別表現の自由などというものは認められないと指摘した。それから五年、特別報告者の勧告も同じことを述べているが、日本政府の姿勢に変化は見られるだろうか。

勧告を手がかりに

 ディエン報告者は、差別を受けている被害グループそれぞれについて現状を分析し、NGOが提供した情報を吟味して、様々の勧告を記している。
 就職や各種のサービス業において差別をするために個人の出身地に関するリストを作成することを禁止する法律を制定すること(いわゆる「部落地名年鑑」を想定している)、人種差別を明確に禁止した人権憲章を制定すること、独立した平等・人権国内委員会を設置すること、その委員について国籍条項を設けないこと、ダーバンで開かれた人種差別反対世界会議で採択された「ダーバン宣言と行動計画」に基づいて人種差別と闘うための国内行動計画を策定すること。
 少数者や近隣諸国の関係者の歴史を客観的かつ正確に反映するように、歴史教科書を見直すこと。被差別部落民、アイヌ、沖縄人、在日コリアン、在日中国人の歴史や文化を教科書に記述すること。記述に当たっては、長い視野で歴史を捉え返し、差別の起源を明らかにすること。植民地時代や戦時における日本の犯罪、特に「慰安婦」制度の事実と責任を記述すること。
 アイヌを先住民族と認めて、国際法に従って先住民の権利を承認すること。先住民族に関するILO条約を批准すること。アイヌの鮭の漁業権を認めること。少数者の代表を国政に送るために国会にアイヌや沖縄人の代表割当制を採用すること。アイヌの独立メディアを創設すること。沖縄の米軍基地による人権侵害を徹底調査し、その結果生じている差別について監視すること。
 朝鮮学校など外国人学校に対する差別的処遇を撤廃すること。補助金などの財政援助を行なうこと。大学受験資格を認めること。朝鮮学校生徒に対する差別と暴力を予防し、処罰すること(いわゆる「チマ・チョゴリ事件」を念頭においている)。国民年金から排除されている朝鮮人高齢者を救済すること。ウトロに居住する朝鮮人の生活と居住を保障する措置をとること。
 国営メディアは、社会に多元主義を反映するように、少数者に関する番組により多くのスペースを割くこと。外国人に対して雇用、居住などの権利や自由を保障すること。外国人に対する偏見を予防するために文化政策(文化間・宗教間の対話等)をとること。
 勧告は日本政府だけに向けられたものではない。
 人種差別禁止法の制定にあたっては、関連するコミュニティが制定過程に参加することが求められる。差別されている諸グループは、互いに連帯の精神をもって行動し、多元主義社会を達成するために互いに援助しあうことが求められる。
 人種差別の克服は、人種差別撤廃条約を批准した日本政府の責務であるが、同時に日本社会構成員の責務でもある。差別被害を訴えている当事者をよそに、差別の存在を否定する政府。フランスにおける暴動や、イスラム教風刺漫画による世界の混乱は大々的に報道するが、日本の中の差別には無関心なメディア。被害者が普段はなかなか「見えない人」であるがゆえに「見ようとしない」私たち多数者の日本人。
 ディエン報告書は、「見えない問題」が実は私たちの周囲に確実に存在していることを教えてくれる。そして「差別問題」が差別される側の問題である以上に、差別する側の問題であることに気づかせてくれる。
 差別のない社会はない。だからといって、差別は仕方のないものではない。少数者に対する差別を放置していることは、九八%の多数者の人間の尊厳を自ら傷つけることでもある。ディエン報告書を手がかりに、日本社会における人種差別との闘いを活性化していくことが私たちに求められている。
                    
(「週刊金曜日」597号、2006年3月)

資料➁

問われた日本の人種差別
  ――人種差別撤廃委員会日本政府報告書審査

前田 朗

 石原発言は人種差別

 3月20日、人種差別撤廃委員会(以下「委員会」)は、2000年4月9日の石原慎太郎都知事の「三国人発言」は人種差別撤廃条約(以下「条約」)に違反する人種差別発言だと指摘した。
 「13.委員会は、高い地位にある公務員による差別的発言、これに対して条約4条cの違反の結果として当局がとるべき行政上の措置も法律上の措置もとられていないこと、当該行為が人種差別を扇動し助長する意図がある場合にのみ処罰されうるという解釈に懸念をもって留意する。日本に対し、かかる事件の再発を防止するための適切な措置をとること、とくに公務員、法執行官および行政官に対し、条約7条に従い人種差別につながる偏見と闘う目的で適切な訓練を行うよう求める。」(以下、翻訳は反差別国際運動日本委員会訳を参照した)
 これは石原都知事のことである。委員会の審査で名前が出た差別者は石原都知事だけだからである。
 「石原発言は、三国人差別であり、外国人は犯罪者とする。残念ながら日本政府は何の対応もしなかった。それはなぜなのか。」(ロドリゲス委員)
 「表現の自由と人種差別処罰は両立する。表現の自由は人種的優越思想の表現の自由ではない。こうした行為を野放しにしているように見える。石原都知事の差別発言に対応が講じられていない。」(ディアコヌ委員)
 「石原発言には非常に傷いた。政府が見過ごすべきではない。中国帰国者もいる。多くの外国人が日本に行きたがる、そのもとで差別が起きるのはどの社会でもあることだが、大切なことはどのように対応するかである。日本は条約4条を留保している。言論の自由は保障しなければならないが、人種差別との闘いの問題は別である。これは表現の自由の問題ではない。表現を通じた他者への侵害である。言論の自由などとというが、社会に多くの混乱を起こし、アジアの労働者が排除された、経済的な損害と精神的損害が実際に発生している。表現の自由の問題ではない。」(タン委員)
 こうした質問に対して日本政府(尾崎人権人道課長)は次のように回答した。
 「三国人という言葉は特定の人種を指していない。外国人一般を指したものであり人種差別を助長する意図はなかった。『不法入国した三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返しており、災害時には騒擾の恐れがある』との言葉だが、都知事には人種差別を助長する意図はなかった。」
 このため、さらに次のような指摘を受けることになった。
 「石原発言は単に差別であるだけではなく、外国人を犯罪者扱いしようとしたものであり、驚きを禁じえない(強い口調で)。公の発言で外国人一般に対する表現を使っている。こうしたことは決して初めてのことではない。社会の中で歴史の中で、外国人、移住者がやってくれば必ず起きてきた問題である。例えばスペインの国会議員が冗談で『アジア人は国に帰るべきだ』と発言して役職を辞任した。人種差別宣伝流布は、表現の自由を侵害する主な要因である。ある集団を傷つける表現は、表現の自由を侵害する。 これに対策を採ることが表現の自由を侵害するということはない。表現の自由を保障するためにこそ4条を適用するべきである。」(ユーティス委員)
 こうした審査の結果として冒頭の「最終所見」がまとめられたのである。その直後、石原都知事は記者会見において、委員会を誹謗する発言をして、自分の差別発言を正当化した。日本政府も「最終所見」の勧告を実施するつもりはないと表明している。

 日本政府報告書審査
(中略)
 以上の討論を踏まえて「最終所見」は、次のようにまとめられた。
「7. 次回報告書において、朝鮮人マイノリティ、部落民および沖縄人集団を含む、条約の適用対象となるすべてのマイノリティの経済的社会的指標に関する情報を提供するよう勧告する。沖縄住民は、独自の民族集団であることを認められるよう求め、現状が沖縄住民に対する差別行為をもたらしていると主張している。」
 「 8.委員会は、日本とは反対に、世系という文言は独自の意味をもち、人種や種族的出身、民族的出身と混同されてはならないと考える。部落民を含むすべての集団が、差別に対する保護、および条約5条に規定されている諸権利の完全な享受を確保するよう勧告する。」

アイヌは先住民(省略)

 在日朝鮮人

 日本政府報告書は在日朝鮮人については当然取り上げており、チマチョゴリ事件にも言及しているが、これは社会的な差別であって、政府には責任はなく、しかも事件予防に積極的に取り組んでいるかのように描いている。NGOは、チマチョゴリ事件ではほとんど犯人が検挙されていないこと、政府とメディアに問題があること、民族教育の権利が保障されていないこと、同化政策のもと日本国籍取得にあたっては日本的氏名が強制されていることなどをアピールした。
 「外国人の3分の1を占める朝鮮人の法的地位に関する討論の促進や、特別な入国管理法が必要ではないか、法的地位を強化する必要もあるのではないか。日本社会で朝鮮人への理解が深まることを期待する。」(ロドリゲス委員)
 「日本国籍を有していない在日朝鮮人は国籍を取得できるのか。国籍取得申請に際して朝鮮名使用ができない現実があるのか。チマチョゴリ事件では、マスコミによる核疑惑騒動によって事件が発生しているが、逮捕は160件のうち僅か3件というが本当か。教育が必要である。こうした現象に対する全国規模での対応が必要ではないか。公立学校でハングル教育はなぜ認められないのか。さらなる改善を期待する。」(ディアコヌ委員)
 「特別永住は韓国とだけである。北朝鮮とはどうなのか。」(レチュガ・ヘヴィア委員)
 「在日朝鮮人は、多くが市民的政治的権利を制限されている。次回はもっと詳細に報告されることを期待する。」(タン委員)
 「在日朝鮮人について日本政府報告書はマイノリティという言葉を用いていないがなぜか。民族名の重要性を指摘したい。差別されることを恐れて民族名を隠して日本名を使用する例が多いという。バイリンガルな教育を受ける権利が認められるべきである。人種差別への対策には適切な法システムが必要であるが、日本は不十分ではないか。人種差別を撤廃する努力をしているというが、撤廃プログラムは法律なしにできるのか。」(ピライ委員)
 これに対して日本政府は次のように回答した。
 「法的地位は報告書にある通りである。入管特例法が制定され、91年以降日韓で協議している。朝鮮人学生に対する人種差別行為は、法務省が日頃から様々な啓発活動をしている。嫌がらせや暴行は、法務省職員や人権擁護委員が児童・生徒の通学路や交通機関で冊子を配布したり、拡声器で呼びかけをしている。警察も警戒強化をしている。学校その他の関係機関との協力連携を行って未然防止に努めている。94年の検挙は3件である。98年8月から9月には6件を認知したが検挙に至っていない。」
 このうち啓発活動や冊子等の配布については、98年のチマチョゴリ事件の際に在日朝鮮人・人権セミナー(筆者)と在日朝鮮人人権協会とが協力して、法務省人権擁護局に実態を説明を求めたが、ほとんど実体のない活動に過ぎないと思われた。2月27日の政府とNGOの意見交換会において、政府は配布したボールペンを初めて提示したが、在日朝鮮人の人権保障とはおよそ無縁のボールペンにすぎない。
 委員会の「最終所見」は次のようにまとめられた。
 「14.委員会は、朝鮮人(主に子どもや児童・生徒)に対する暴力行為の報告、およびこの点における当局の不十分な対応を懸念し、政府が同様の行為を防止し、それに対抗するためのより断固とした措置をとるよう勧告する。」
 「16.朝鮮人マイノリティに影響を及ぼす差別を懸念する。朝鮮学校を含むインターナショナルスクールを卒業したマイノリティに属する生徒が日本の大学に入学することへの制度的な障害のいくつかのものを取り除く努力が行われているものの、委員会は、とくに、朝鮮語による学習が認められていないこと、在日朝鮮人の生徒が上級学校への進学に関して不平等な取扱いを受けていることを懸念する。日本に対して、この点における朝鮮人を含むマイノリティの差別的取扱いを撤廃し、公立学校におけるマイノリティの言語による教育を受ける機会を確保する適切な措置とるよう勧告する。」
 「18.日本国籍を申請する朝鮮人に対して、自己の名前を日本流の名前に変更することを求める行政上または法律上の義務はもはや存在していないことに留意しつつ、当局が申請者に対しかかる変更を求めて続けていると報告されていること、朝鮮人が差別をおそれてそのような変更を行わざるを得ないと感じていることを懸念する。個人の名前が文化的・民族的アイデンティティの基本的な一側面であることを考慮し、日本が、かかる慣行を防止するために必要な措置をとるよう勧告する。」
また、日本政府報告書は、来日する外国人労働者の在留資格や就業における問題を取り上げているが、NGOは不十分であるとして独自の報告書を提出した。審議の結果、「最終所見」は、外国人の教育や難民の保護も取り上げている。

人種差別禁止法

 日本政府は条約を批准した際に、条約4条abの適用を留保した。条約4条abは、人種差別助長扇動を犯罪として処罰することを義務としている。条約4条cは、公務員による差別を禁止している。4条cの適用は留保していない。審議では、人種差別助長扇動に日本政府がどのように対処するのか、なぜ人種差別禁止法を制定しないのかに重点が置かれていた。
 「法律制定のみではなく実効性こそが必要である。日本刑法は一般的な性格のものでしかなく、条約は人種差別流布に対する個別規定をつくることを求めている。チマチョゴリ事件を見れば立法の必要性が高い。差別団体禁止措置がまったく存在しない。暴力を用いた場合に限らず差別団体を規制するべきである。4条留保を撤回するよう要請する。」(ロドリゲス委員)
 「条約は締約国は人種差別撤廃努力をすると明言している。日本憲法には第14条しかない。これで十分といえるのか。レストラン、飛行機での差別行為にどのような法律が適用されるのか。犯罪行為には実際の制裁が必要である。犯罪は処罰されるというが、暴力や名誉毀損を処罰しているだけで人種差別を処罰していない。人種差別は法律で処罰するべき犯罪である。4条を留保している国でも人種差別処罰法がある(例えば、フランスやイタリア)。外国人嫌悪ポスターが放置されている(神奈川県警ポスター)。在日朝鮮人誹謗パンフレットが配布されている。外国人嫌悪思想の流布、意図的扇動がなされれば、裏にある意図が何であれ犯行者を起訴するべきだ(誰かがそっと拍手)。日本社会がどのように差別を撤廃するのか知りたい。みんなでお祈りするのか(あちこちから笑いが起きる)。自信をもてばなんとかなるのか。人種差別撤廃は社会に課された責任である。」(ディアコヌ委員)
 「日本法は人種差別や流布を犯罪にしていない。人種主義的動機による暴力を犯罪としていない。4条は人種差別団体を取り扱っているが政府報告書には言及がない。憲法14条では不十分である。シンボリックな意味での特別立法をつくることは社会においてあるべき価値観を表明することである。」(デ・グート委員)
 「人種差別表現が見られる。在日中国人や日系人についてもそうである。悪質な行為は法的規制するべき。神奈川県警の中国人差別ポスターには驚いた。『携帯電話を使う中国人を見たら110番』。明らかに人種差別であり、許せない(激しい口調で)。4条を施行すればこうした差別発言に法律的に対応できる。」(タン委員)
 「人種差別のない社会をつくるには立法が必要である。条約は憎悪言論を禁止している。絶対的な表現の自由は4条を否定するものなので、日本政府は真剣に検討して欲しい。」(シャヒ委員)
 これに対して日本政府は次のように回答した。
 「処罰立法を検討しなければならないほどの人種差別の扇動は日本には存在しない。憲法は表現の自由を保障している。表現行為の制約には、制約の必要性と合理性が求められる。優越的表現や憎悪の活動の行きすぎは刑法の個別的な罰則で対処する。現行の法体系で十分な措置である。」
 これに対して、再度、委員から次のような指摘が続いた。
 「4条は、意図の善し悪しにかかわらず、すべての国に拘束力をもつ。予防的性格も重要である。人種差別の流布宣伝はあっという間に広まる。従って予防的性格が重要になる。表現の自由と暴力行為に関して団体規制法がない。日本政府は人種差別団体が存在すると認めているが、処罰はない。しかし、特定の人に対する差別行為や文書流布も暴力行為に匹敵する。他の人々の存在を否定する言論は、物理的暴力よりも激しい暴力となることがある。」(ユーティス委員)
 「人種差別禁止法を制定し、処罰と予防と教育を行うべきである。法律はシンボリックな意味もあり社会において無視すべきでない価値観を示すことができる。人種差別宣伝流布が今は行われていないとしても、外国人が増加しているので外国人嫌悪による行為が行われるようになるかもしれない。」(デ・グート委員)
 「問題は人種差別に国家がどのように対処するのかである。国家が社会の背後に隠れることは許されない。これは将来重大な問題に発展するかもしれない。」(ディアコヌ委員)

最終所見も禁止法を要請

 日本政府は再度回答した。
 「人種差別行為を処罰しないということではない。人種差別行為は様々の形で行われるので、それに対応して処罰している。差別的暴力は処罰対象である。現行法で十分担保している。量刑では人種差別的側面も考慮をしている。暴力の動機が人種差別であれば被告人に不利な事情として考慮される。人種的優越・憎悪流布・扇動助長団体という概念は非常に広い概念であり、法的規制は表現の自由にかかわり、処罰することが不当な萎縮効果をもたないか、罪刑法定主義に反しないかという考慮をしなければならない。絶対的な表現の自由を認めるのかとの指摘があったが、表現の自由を絶対化しているわけではない。」
 「最終所見」は次のようにまとめられている。
「10.委員会は、関連規定が憲法14条しかないことを懸念する。条約4条・5条に従い、人種差別禁止法の制定が必要である。」
「 11.条約4条abに関して日本が維持している留保に留意する。当該解釈が条約4条に基づく日本の義務と抵触することに懸念を表明する。4条は事情のいかんを問わず実施されるべき規定であり、人種的優越・憎悪に基づくあらゆる思想の流布の禁止は、意見・表現の自由の権利と両立する。」
「12.人種差別それ自体が刑法において犯罪とされていないことを懸念する。条約の諸規定を完全に実現すること、人種差別を犯罪とすること、人種差別行為に対して権限のある国内裁判所等を通じて効果的な保護と救済措置を利用する機会を確保することを勧告する。」

 ダーバン2001へ(省略)

                (「生活と人権」12号、2001年6月))

資料➂

法の廃墟(14)
拷問禁止委員会が日本に勧告

前田 朗

落第レポート

 ジュネーヴで開催された拷問禁止委員会が、日本政府報告書(CAT/C/JPN/1)の審査を踏まえて、五月一八日、日本政府に対して数々の勧告を行った。
 一九八五年に国連総会で採択された拷問等禁止条約第一九条は、締約国に対して、効力発生後一年以内に第一回報告を提出することを義務づけている。政府報告書は拷問禁止委員会(CAT)において検討される。委員会は必要に応じて意見を公表することになっていて「結論と勧告」と題されている。日本政府は一九九九年六月に条約を締結し、同年七月二九日に効力が発生した。条約採択から一四年も遅れたことで内外のNGOから批判を受けたが、報告提出も遅れた。締切りは二〇〇〇年七月であったが、五年も遅れて、ようやく二〇〇五年一二月、日本政府は第一回政府報告を提出した。
 日本政府報告の検討は五月九日・一〇日に行われた。その結果、拷問禁止委員会が採択したのが「拷問禁止委員会の結論と勧告:日本」である。以下にその概要を紹介したい。
 委員会は冒頭で、報告書が五年も遅延したことは遺憾であるとしたうえで、日本政府報告書には第一回報告書に盛り込まれるべき内容が十分に盛り込まれていない、特に拷問等禁止条約の諸規定が日本においていかに適用されているかの情報が欠落している、報告書には法律の条文が羅列されているだけで、諸権利がどのように履行されているのか分析していないし、実例や統計も記載されていないと指摘している。
 (中略)

結論と勧告

 委員会は多くの勧告を行っている。順に見ていこう。
拷問の定義――委員会は、日本刑法には条約第一条の意味における拷問の処罰規定が十分に含まれていないと指摘している。
(中略)
時効――委員会は、日本において拷問や虐待が時効にかかるか否かに関心を有している。特に第二次大戦期の軍隊性奴隷制の被害者(いわゆる「慰安婦」)の提訴が時効を理由に棄却されたことは遺憾である。日本政府は時効規定を見直して、条約のもとでの責務を果たすべきである。
(中略)
⑬補償とリハビリテーション――委員会は、拷問被害者が適切な補償を受けられないことに関心を持ち、関連情報の提供を求めている。特に、軍隊性奴隷制生存者などの性暴力被害者の救済が不適切であるとし、国家による事実の否認、事実の開示の隠蔽、拷問行為の責任者の不訴追、被害者への適切なリハビリテーションがないことが、虐待と心的外傷を継続させているとして、改善を求めている。
⑭ジェンダーに基づいた暴力と人身売買――委員会は、収容された女性や子どもに対する暴力、法執行官による性暴力の訴えが続いている、国境を越えた人身売買が深刻な問題となっている、軍事基地に駐留する外国軍隊による性暴力事犯の予防・訴追の効果的な措置がないことに関心を示している。
(以下略)
                          (「無罪!」2007年6月号)

資料➃

歴史は何度も甦る
「慰安婦」問題・米議会決議案の波紋

前田 朗

 日本軍性奴隷制(「慰安婦」問題)をめぐる決議案が米議会に提出され、安倍晋三首相が「名答弁/迷答弁」を繰り返したためにアメリカのみならず世界の良識の顰蹙を買った。
 日本では当初の報道はおざなりで、しかも安倍首相や自民党政治家の放言を小さく報じる程度であった。しかし、アメリカのメディアが大きく取り上げるや、アジアやヨーロッパにも飛び火し、ようやく日本でもそれなりに報道されるようになった。安倍首相はだんまりを決め込むかと思えば、ブッシュ大統領に泣きついて事態の沈静化をはかった。猫かぶり路線しかない。慰安婦への強制と日本軍の責任を認めた河野洋平官房長官談話の「見直し」(破棄と事実の隠蔽)を呼号してきた安倍首相が、一転して河野談話の継承と口にせざるを得なくなった。
 日本のメディアや政治家の関心は「なぜいまアメリカで決議案なのか」に集中した。民主党の躍進や、決議案を提出したホンダ議員の選挙地盤事情だとか、イラク情勢をめぐる駆け引きだとか、日米安保との関係など意味不明の憶測も含めて、様々に取りざたされた。しかし、単純な事実が見過ごされている。
決議案は今回初めて登場したわけではないし、ホンダ議員が始めたわけでもない。性奴隷制問題の解決を求めるNGOの国際的な連帯活動の上に決議案があるのだ。
 この問題が浮上して、最初に大きく取り上げられたのは国連人権委員会や人権小委員会であった。九〇年代を通じて、テオ・ファン・ボーベン「重大人権侵害」報告書、クマラスワミ「女性に対する暴力」報告書、マクドゥーガル「戦時性暴力」報告書などの積み重ねによって、性奴隷制問題の法的解決の必要性が明らかになっていった。議論の決着はついていた。後は日本政府に責任を認めさせるだけだ。ところが、日本政府は「アジア女性基金」というごまかしの政策で逃げ続けた。
 そこで取り組まれたのが「女性国際戦犯法廷」であった。日本、アジアの被害各国、そして世界の女性たちの連帯による運動の成果として、二〇〇一年のハーグ判決が獲得された。女性法廷を取材したNHK番組に政治的圧力をかけて改編させたのが、まさに安倍晋三であった。
 その後も、国際連帯は続いてきた。女性法廷の成果を世界に伝える作業、番組改編のNHK訴訟、アジアの女性連帯会議、そして日本の戦争責任を追及する国際連帯協議会。こうした活動の中で、国連やアメリカへの働きかけが続けられた。その成果が米議会決議案である。戦時における女性に対する暴力の抑止を願う国際的な人権運動の結果なのだ。アメリカ国内の政治的思惑や、その他の諸要因の影響を受けてはいるものの、基本はここにある。このことを見ておかなければ、今回の決議案の意味は理解できないし、今後の運動の方針も見失われることになりかねない。
 日本軍性奴隷制という戦争犯罪と人道に対する罪、被害を受けた数知れぬ女性たちの悲劇は隠蔽しようとしても、歴史の彼方から必ず甦ってくる。もはや消すことのできない悲劇にいかに向き合うのかが改めて問われている。
(「すおぺい」56号、2007年5月)