空に歌えば――平和・人権・環境(10)

金子みすゞ全五一二作品を歌う
清水正美


 私が両手をひろげても
 お空はちつとも飛べないが
 飛べる小鳥は私のように
 地面を速くは走れない

 私がからだをゆすつても
 きれいな音は出ないけど
 あの鳴る鈴は私のように
 たくさんな唄は知らないよ

 鈴と、小鳥と、それから私
 みんなちがつて、みんないい

 清水正美は、東京新宿の「うたごえ喫茶ともしび」を拠点に活躍している。二期会歌手大倉由紀枝に約一六年間師事している。シャンソン、タンゴ、民謡・歌曲など幅広い分野にわたる数々のレパートリーをもつ。
 作曲家大西進の「金子みすゞ詩作全五一二に作曲し、すべてを演奏会で発表する企画」に共鳴して、二〇〇一年一一月から毎月一回のコンサートを続け、二〇〇四年一二月に浜離宮朝日ホールにて完結コンサートを開催した。
 金子みすゞ(本名金子テル)は一九〇三年、山口県仙崎に生まれ、一九二三年から「みすゞ」の名で童謡を書き始め、西條八十に認められた。一九二九年、三冊の遺稿集五一二編を残し、一九三〇年に二六歳の若さで亡くなった。その詩は今日も多くの人々に親しまれている。
 「丸三年かかって五一二の全詩を歌うことができました。完結コンサート以後もアンコールコンサートなど、皆さんとみすゞさんの心を歌ってきました。悲しい事件が多い最近ですが、だからこそいっそうみすゞさんの詩を歌いたくなります。」
 CD『金子みすゞ選集』には二七曲が収録されているが、冒頭に収められたのが「私と小鳥と鈴」である。『金子みすゞ選集(第二集)』も二九曲を収録している。
 「みすゞさんは、複雑な家族関係、意に染まない結婚、夫の横暴や浮気に疲れてわずか二六歳で自ら命を絶ちました。そうした人生でありながら、『このみち』には、人生への強い確信、未来への明るい信頼がゆるぎなくあって、どうして、どうしたら、どこに、こうした確信を持ちえたんだろうと思います。」
 金子みすゞは、平和、平和と唱えたわけではない。しかし、みすゞの生活に密着した言葉、詩の世界を見事に構築してしまう言葉の選び方に惹かれて、清水は平和を歌う。「清水みすゞ」は平和を願い、平和をつくるために歌う。
 清水は、もともと歌手になろうと考えていたわけではない。父親が教師だったので、男女平等で差別が少ないし、教師はやりがいがあると考えて東京学芸大学数学科に学んだ。ところが教員採用試験に失敗して、二年目を期して勉強を続けている時にともしびに出会った。半年間の研究生になったのが歌手人生の始まりだ。
 ともしびは「歌声喫茶」を母体として、様々な音楽文化活動の創造と普及を通して「より人間らしく、よりよい社会を!」と創立以来半世紀を越える歳月、活動を続けてきた。
 はじまりは一九五四年だった。新宿の歌声喫茶「灯」で活動を始め、「歌声の店ともしび」として毎日うたごえを響かせてきた。
 ともしび(当時は「灯」)は、戦後の民主主義復興の生き生きとした息吹を 受け、平和と民主主義をその生命力として歌い継いだ。うたごえ喫茶には人々の希望と願いが込められ、人々が「生きあう力」ともなった。当時、東京だけでも二〇軒ほどのうたごえ喫茶が生まれ、国民的ブームともいわれた。やがて経営不振ということで閉鎖、閉店が相次いだが、「灯」では、働く者の生活を守り、うたごえ喫茶を発展させるために従業員による労働組合が結成された。
「教員のレールから外れてしまったんですけど、自分が考えたことのないレールに違った人たちがいて、その出会いが楽しいカルチャーショックでした。もっと驚いたのは、こんなに歌が好きな自分がいたことなんです。従業員になってうたごえ喫茶を発展させる現場に加われたのはとても魅力的でした。歌を通して世界を知ったし、『闘う』ことも学びました。生きていくって凄いことだなと受け止めることができたのです。」
 六二年、子どもから大人まで楽しめる音楽劇をと「オペレッタ劇団ともしび」が結成され、六九年には、支援する客とともに「音楽文化集団ともしび」もできた。これが今日までのともしびの運動に発展してきたが、清水はその中で歌い、生きてきた。
 ともしびは新宿店だが、全国には同じような仲間たちがいる。ともしび亀戸なつかし会、バラライカ(仙台)、BEY PARADISEカフェラテ(秋田)、うたごえ喫茶うらわ(さいたま)、ライブハウス・ゴリ(船橋)、八王子うたごえの会、ダービーハット(甲府)、アコールデ(長野)、ラウム(名古屋)、ピープルズ(大阪)など、各地で年代を超えて歌い継いでいる。
清水は、ともしびを拠点にしながら、全国各地のコンサートや、労働者の闘いの現場、人々の暮らしの中で、みんなで一緒に歌う旅を続けてきた。歌からエネルギーをもらい、出会いから笑いと驚きと夢をもらい、心を通わせながら。
 一九九八年以来、CD『清水正美の世界(第一~七集)』に収録した作品には、例えば、「鶴」(ロシア歌曲)、「ヒロシマ」(G.ムスタキ作詞作曲)、「なつかしきヴォルガ」(ロシア民謡)、「歌の翼に」(作詞ハイネ、作曲メンデルスゾーン)、「ともに平和を」(石原いっき作詞、伊藤辰雄作曲)、「君死にたもうことなかれ」(与謝野晶子作詞、伊藤辰雄作曲)、「一坪たりとも渡すまい」(集団創作)などがある。

 青いお空の底ふかく
 海の小石のそのように
 夜がくるまで沈んでる
 昼のお星は眼に見えぬ
   見えぬけれどもあるんだよ
   見えぬものでもあるんだよ

 散つてすがれたたんぽぽの
 瓦のすきに だアまつて
 春のくるまでかくれてる
 つよいその根は眼に見えぬ
   見えぬけれどもあるんだよ
   見えぬものでもあるんだよ

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ともしび
         

このみち
                金子みすゞ作詞

このみちのさきには
大きな森があろうよ
ひとりぽつちの榎よ
このみちをゆこうよ

このみちのさきには
大きな海があろうよ
蓮池のかえろよ
このみちをゆこうよ

このみちのさきには
大きな都があろうよ
さびしそうな案山子よ
このみちを行こうよ

このみちのさきには
なにかなにかあろうよ
みんなでみんなで行こうよ
このみちをゆこうよ

 

マスコミ市民2007年10月