救援06年10月号

ヘイト・クライム(憎悪犯罪)(三)

犯罪統計

 ヘイト・クライムの複合的な性格を解明して、効果的対策を提言しようとするナタン・ホール『ヘイト・クライム』(ウィラン出版、二〇〇五年)は、アメリカとイギリスにおけるヘイト・クライムの頻度や性格を取り上げる。
 アメリカでは一九九〇年以来、ヘイト・クライム統計法に基づいて、統計が公表されている。統計には、五種類の偏見(人種、宗教、障害、性的志向、民族性)の動機によって行なわれた犯罪(殺人、強姦、暴行、加重暴行、脅迫、強盗、窃盗、自動車盗、放火、器物損壊)に関する情報が含まれている。ヘイト・クライム統計法はヘイト・クライムの正確な情報を収集することを目的としているが、バーバラ・ペリーによると、実際の状況とはかけ離れているという。なぜならヘイト・クライム統計法のヘイト・クライムの定義が狭すぎるからである。現実のヘイト・クライムはもっと多様な動機で、もっと様々な犯罪の形で現出している。統計には上がってこない暗数の存在は言うまでもない。こうした制約はあるが、統計法によってアメリカにおけるヘイト・クライムの概要が一応は確認できる。二〇〇二年には、七四六二件のヘイト・クライム犯罪のうち、人種的偏見によるものが四八・八%、宗教的偏見によるものが一九・一%、性的志向による差別が一六・七%、心身障害の偏見が〇・六%である。人に対する犯罪が六七・五%、財産に対する犯罪が三二%である。もっとも多いのは脅迫で三五・二%、器物損壊等が二六・六%、暴行が二〇・三%、加重暴行が一一・七%である。人種的偏見による犯罪のうち黒人に対するものが六七・五%、白人に対するものが二〇・二%、アジア・太平洋諸島の人々に対するものが六・一%である。宗教的偏見によるヘイト・クライムのうち反セミティズムが六五・九%、イスラモフォビアが一〇・八%、特定できないものが一三・八%、反カトリックが三・七%、反プロテスタントが二%である。性的志向の異なる者への犯罪は一四六四件報告されているが、そのうち男性同性愛者に対するものが六五・四%、女性同性愛者に対するものが一四・一%である。ヘイト・クライム殺人は一一件、強姦は八件、強盗が一三〇件である。家屋内で発生したものが二九・五%、路上が二〇%、学校が一〇・六%、公園や駐車場が六・二%である。ヘイト・クライムの最大の被害者は、アフリカ系アメリカ人であり、ついでユダヤ人、男性同性愛者の順である。
 ホールは統計が不備であることを繰り返し指摘しているが、法律に従って情報を収集し、統計を公表していることだけでも重要である。どのようなヘイト・クライムが実際に発生しているかを確認し、議論することができるからである。人種差別に関する統計調査を一切拒否しながら、人種差別禁止法を必要とするような人種差別は存在しないと断定する日本政府とは決定的に違う。

犯罪の被害

 ホールは、ヘイト・クライムを単発の犯罪としてではなく、個別の犯罪が関連を持って継続する<過程>として理解しようとする。ヘイト・クライムを過程として理解すれば、動態的に分析し、過程におけるすべての行為者の社会的関係に着目することになる。身体的暴力、威嚇、脅迫の継続が特徴である。繰り返される被害、あるいは系統的な被害。しかも、被害は犯罪の実行によって始まったり終わったりするのではない。ヘイト・クライムの被害は一つの犯罪とだけではなく、多くの犯罪と結びつくからである。特定個人だけが被害を受けるのではなく、事件の発生による恐怖はその瞬間を越えて広がる。
 ホールは、ボウリングのニューハム調査を紹介している。一九八七年から八八年にかけてニューハムでは二つの通りに住む七つの家族に対して五三件の嫌がらせが発生した。言葉による嫌がらせ、卵を投げる、器物損壊、ドアをノックするなど。一つひとつは小さな事件であり、犯行者もそれぞれ個別に行なっている。しかし、これらが累積することで被害者にとっては重大な恐怖となる。ヘイト・クライムの被害は、単発事件によっては理解できないので、過去にさかのぼって累積的に調査する必要があるが、刑事司法や犯罪統計にはこの観点が欠けている。
 ホールによると、過程としてのヘイト・クライムの被害や影響は、単発事件の被害や影響とは異なる。ヘレク、コーガン、ギリスによる一九九七年のヘイト・クライム調査によると、被害者にはひじょうに長期にわたるPTSDが確認され、落胆、不安、怒りにとらわれがちである。通常犯罪なら二年程度の影響が、ヘイト・クライムでは五年以上継続する。ヘレク、コーガン、ギリスは二〇〇二年にも調査を行なった。それによるとカムアウトした同性愛者は、公共の場で見知らぬ男性によって被害を受けることが多い。通常犯罪とヘイト・クライムとで例えば暴行の程度が同じであっても、被害者が受ける心身のダメージは異なる。そして、被害者個人だけではなく、同性愛者のコミュニティ全体に対しても影響を与える。ヘイト・クライムは、コミュニティの他の構成員に対して<メッセージ>を送るのである。犯行者の犯罪動機が伝えられることによって、憎悪の対象とされた集団全体に恐怖を呼び覚ます。ボストンにおけるヘイト・クライムと通常犯罪に関するマクデビットらの研究によっても、被害者の心理には差異が確認される。ヘイト・クライムの方が後遺症が大きく、回復に時間を要する。将来の恐怖の大きさも、被害の繰り返しのためにずっと大きい。クレイグ-ヘンダーソンとスローンの研究によると、人種差別はその人種に属しているために標的とされるが、その人種であることは外見でわかるので、いつ誰が被害を受けるかわからないという性質を有する。人種差別は、その人種を極端に否定的にステレオタイオプ化し、烙印を押す。このことは犯行者の動機に明白に表れている。すべての被害者が否定的ステレオタイプを押しつけられる。
 以上のように、ホールは、ヘイト・クライムを量的にも質的にも検討して、被害のメカニズムを明らかにしたうえで、加害者の研究に目を転じる。