救援07年08月号

刑務所改革の最前線(二)

理念と現実

 菊田幸一・海渡雄一編『刑務所改革』(日本評論社、二〇〇七年)は、行刑改革の推進に関心を寄せる研究者が「刑務所システム再構築への指針」を掲げた著作である。
 巻頭論文の村井敏邦(龍谷大学教授)「行刑改革における理念と現実」は、「社会正義の実現や人権の擁護を目指してその職業を選んだ」矯正関係者が日常業務の処理に追われて初心を忘れそうになったときに、立ち止まって自分の理想を思い返してみることの重要性を指摘した上で、既決と未決の処遇に論及する。既決処遇については、刑事施設処遇法が、かつての刑事施設法案よりは前進しているものの、「受刑者の権利義務規定としては不十分」である。外部交通、外部通勤など評価できる面もあるが、制限事由とされる「矯正処遇の適切な実施」が障害となる恐れがあると見る。そして、実施上の細目が省令に委ねられたこと、省令の内容がなかなか明らかにされなかったことに疑問を付している。この点は、矯正現場から意見を吸い上げるのではなく、上からの改革が進められた傾向があることと結びついている。「処遇は職員と被収容者との人間関係であり、コミュニケーションである。この点をないがしろにして、機械管理中心の施設運営になるならば、行刑改革の本来の趣旨が没却されることになろう」。また、村井は、法改正に先行してPFI方式の刑務所運営(民営刑務所)が進んだことについて、多大の危惧を表明している。これほど重大な改革が、行刑改革会議で審議されず、行刑改革のドサクサ紛れに進められている。内容面でも、経費を基準とし、人手を減らし、効率優先の管理が行なわれる危険性がある。市民に閉ざされた刑務所を企業に開くことの意味を真剣に議論することがなかったのは疑問とされる。
 未決処遇については、村井は、無罪推定原則の基本内容は「無罪として処遇される」ことであり、「未決拘禁はあくまでも例外である」として、社会との隔絶の極小化、未決被拘禁者の働く権利(職場関係の維持)などの改善の必要性を指摘している。代用監獄問題についても、警察留置場が収容場所として規定されたことに疑問を提起している。
 続いて、今井直(宇都宮大学教授)「国際人権法と日本の行刑」は、日本における被拘禁者の人権状況が、国際自由権規約や拷問等禁止条約など国際人権法に従ったものであるかどうかを検討する。さらに、人権侵害の防止のために国際社会が用意しているモデルやメカニズムを紹介して、日本の対応を提言している。国際自由権規約に基づく政府報告書を日本政府はこれまでに四回提出し、自由権委員会の審査を受けてきた。一九九八年の第四回審査で、刑務所に関しては、所内行動規則が被収容者の基本的権利を制限していること、厳正独居拘禁、懲罰手続きの不透明、受刑者の不服申し立ての不十分さ、革手錠の問題などが厳しく批判された。日本政府は委員会であれこれ弁明に努めたが、人権よりも施設管理を優先する説明は国際社会には通用しなかった(拷問等禁止条約に基づく政府報告書については本紙前号参照)。
 国際社会は、自由権規約や拷問等禁止条約のみならず、国内人権機関に関するパリ原則を用意しているし、二〇〇二年には拷問等禁止条約選択議定書を採択して、拷問への事後的対応から、予防へと踏み込んでいる(選択議定書については本紙四〇三~四〇五号)。
 今井は「国際人権法に対する日本の姿勢は、行刑など被拘禁者の取扱いの分野においても、けっして積極的なものとはいえない」、「総括所見の勧告を真摯に受け止めようとしない態度」と指摘し、国際的メカニズムを受け入れさせるために圧力を増大させる必要性を強調する。

受刑者処遇

 菊田幸一(弁護士、明治大学名誉教授)「受刑者の法的地位――受刑者の人権」は、受刑者の法的地位を論じるためには受刑者の人権から始めなければならないとする。かつては無前提に法的地位論が展開されていたからである。受刑者の人権は刑罰の目的との関係で定まる。行刑改革会議提言は「受刑者が、真の意味での改善更生を遂げ、再び社会の担い手となるべく、人間としての自信と誇りをもって社会に復帰すること」を掲げた。菊田は、具体的に、選挙権・被選挙権、住民票、医療保険、労災保険、年金保険、雇用保険、資格制限の問題を取り上げて分析している。菊田は次のようにまとめる。「受刑者も、早晩この社会に復帰する存在であることは言うまでもない。その者は、自由刑の開始とともに社会復帰への準備がはじまる対象者である。その対象者には、幸福追求権、自己発達権がある。その基本権が自由刑の名のもとで、あるいは受刑者であるとの理由で奪われてはならない」。
 さらに、菊田幸一「受刑者の生活」は、刑務所の日常生活における処遇の実際を論じる。食事、衣類、入浴、頭髪、運動、自弁の書籍、備付書籍、物品購入、保管私物、居住環境について、それぞれこれまでの状況と新法とを対比している。
 土井政和(九州大学教授)「社会復帰のための処遇」は、行刑改革会議提言と新法を素材に、受刑者の社会復帰のための処遇について論じる。土井は、まず「管理行刑から処遇行刑へ」、そして社会復帰・社会生活再建への処遇の基礎理論の転換を確認する。施設内処遇と社会内処遇の連携を統一把握するための視点として、医療・社会化モデルではなく、「一貫した社会的援助」を掲げる。受刑者に対する処遇を社会生活再建のための援助と見る発想である。被拘禁者は、①拘禁以前の事情(社会関係、家庭、職業)の点でも、②拘禁それ自体による弊害としての社会からの隔絶という点でも、③さらには釈放後の人間関係の困難(自己評価の低下、社会的スティグマ)という点でも、社会的援助を必要としている。この観点から見ると、提言や新法には、なお問題が残る。個別的処遇の原則が貫徹されていない。「処遇の個別化」から「個別化された援助」への前進が求められる。受刑者の主体性の尊重と処遇強制は矛盾する。社会との関係についても、刑務所自己完結主義からの脱却が必要である。受刑者処遇法を実効あるものとするためには、憲法の精神を踏まえ、権利義務関係を明確にし、刑務所自己完結主義から脱却し、社会との連携を意識した社会復帰処遇を追及するべきであるとする。