救援07年09月号
刑務所改革の最前線(三)
規律と秩序
菊田幸一・海渡雄一編『刑務所改革』(日本評論社、二〇〇七年)は、刑事施設内の処遇、外部交通、医療などの諸問題にも検討を加えている。
海渡雄一(弁護士)「規律秩序について――支配服従関係から対話の関係へ」は、行刑改革会議提言のポイントは、施設内の規律に関する考え方の転換を図ったことであるとして、「支配服従の関係から対話重視の関係へ」と対比する。行刑改革会議における審議に際しても、「受刑者と職員を対立的に捉えない」考えや、「受刑者の表情を取り戻すため」の模索がなされたという。とはいえ「行刑改革会議提言」を具体化する所内規則の見直しが十分に行なわれたわけではない。海渡は、これまでの議論の蓄積を踏まえながら、さらに改善を目指して、個別の論点を一つひとつ検討している。懲罰手続きにおける権利規定の欠如、昼夜間独居拘禁(厳正独居)の過酷性、および手続的保障の欠如、職員体制の保安中心から処遇中心へのシフトをいかに実現するかを検討している。さらに「提言」が新受刑者処遇法にいかに実現したかを、規律秩序の原則や、防声具・革手錠・拘束台の廃止、隔離収容規定などについて瞥見した上で、「人権教育の進展に期待」を表明している。
岩田研二郎(弁護士)「第三者機関・不服申立」は、日本の刑事施設には第三者の監視が入らない閉鎖構造という根本問題があったことを踏まえて、国際的な基準にたった第三者機関の創設に向けた取り組みをいかに日本で実現するかという観点から、議論を展開している。閉鎖構造の問題点を確認するために、まず、人権侵害や苦情の実例を具体的に検討(信書の発信の自由、医療、懲罰、暴行、拷問、接見などに関する事例)したうえで、改革の提言として日弁連の刑事処遇法案、刑事立法研究会案を紹介し、独立した人権機関構想を提示する。「市民参加による社会に開かれた刑務所」への改革を求めている。
葛野尋之(立命館大学教授)「外部交通」は、外部交通を「受刑者の法的・社会的コミュニケーション」として位置づけ、これまで刑事施設の閉鎖性により外部交通が著しく制限されてきたことから強い批判がなされてきたとし、「提言」も積極的な改革を提示したと、一定程度、評価する。葛野は、社会的コミュニケーションの法的性格や、権利制約の根拠と限界について徳島刑務所事件などを素材に理論的考察を行い、面会・信書発受についての具体的権利保障を要求する。
施設における医療
福島至(龍谷大学教授)・海渡雄一「刑事施設医療――悲劇から何を学ぶべきか」は、名古屋刑務所事件後に衆議院法務委員会に開示された過去十年間の死亡帳を検討して問題点を整理し、死因究明の適正さの確保や、施設内における公衆衛生、医療水準について論じている。死亡帳調査班最終報告をもとに、①医療を受けられないまま死亡する事例、②革手錠使用に関連していると思われる事例、③保護房拘禁が死亡につながった事例、④劣悪な医療体制や看護への無配慮に起因する死亡事例が多数あることが確認される。問題点としては、適正な死因確定手続きがないこと、情報共有や予防対策の立案がないことなどが指摘される。イギリスの検死手続きなども参考に、適切な医療を受ける権利の保障を掲げる。その点では「提言」も不十分であるという。
赤池一将(龍谷大学教授)「刑事施設における医療――日仏における改革の比較を通して」は、「問題を単に医療と保安の対立として捉えるよりも、刑事施設の担う社会的役割が、被収容者に対する医療を具体的にどう規定してきたかを確認する必要があろう」として、近年改革が進められたフランスの矯正医療の状況を紹介・検討する。施設内の医療体制のあり方、医療情報に関する守秘義務、社会保険の適用、健康診断・疾病予防・検診、診療アクセスの改善、施設外での入院治療について論じている。そして、「提言」では「保安からの医療の独立、刑事施設での医療の厚労省への移管、被収容者の社会保険への自動加入という、フランスやイギリスの例を範として弁護士会が主張した施設医療の抜本的な三つの改革構想が、ことごとく排斥された」と批判する。
他方、徳永光(甲南大学助教授)「刑事施設の民営化」は、PFI手法による刑務所運営が始まっている「美弥社会復帰促進センター」などの問題について、その背景(公共事業の民営化)、経過(刑務所へのPFI導入の経緯)を踏まえて、PFI構想について検討している。欧米諸国における経験が明らかにしているように、刑務所民営化は経費節減による収益確保が目指されるため、多くの人権侵害を生み出してきた。徳永も、米英の事例をもとに、民営施設における人権侵害、民営刑務所における職員の問題を論じている。米英における人権侵害は深刻であるにもかかわらず、いったん導入された民営化は容易には廃止できない。「施設の増設や拡張によって過剰収容状態に由来する問題が一時的に緩和されても、過剰収容自体は解消されない。むしろ、拘禁率をこのまま上げ続けることがわれわれの選択するべき道であるのかという問題に蓋をする結果になりかねない。PFIの導入が、過剰収容状態における処遇現場の窮状を打開するための苦肉の選択であったとしても、その見返りの大きさは視野に入れておく必要がある」とまとめる。
本書にはさらに、「諸外国の刑務所事情――イギリス、フランス、アメリカ、オランダ、韓国(葛野尋之、赤池一将、菊田幸一、海渡雄一、安成訓)」として、詳細な比較研究が収められている。最後に、編者による「対談・行刑改革会議の成果と今後の刑務所(菊田幸一、海渡雄一)」も収録されている。
本書が明らかにしたのは、百年の停滞が打ち破られて、まぎれもなく刑務所改革が始まったこと、刑事施設運営における二項対立(規律と人権の無媒介な二項対立をはじめ、受刑者対職員、法務省対日弁連など)を克服する努力が始まったこと、それゆえ各論においても改善の手がかりは得られたこと、にもかかわらず改革に対する抵抗も少なくないことである。改革を押しとどめることなく、着実に推進させるために、研究者やNGOの課題は尽きない。「刑務所改革の最前線」とは、そこに立ち続け、前進し続けなければならないということでもあるだろう。