空に歌えば――平和・人権・環境(8)

勇払原野はぼくらのすみか
ナギサ


  風に誘われてでてきたけれど
  こんなに遠くまで来るつもりじゃなかった
  一人になりたくて町を出たけれど
  あなたの言葉が胸にしみる
  もう少し大人になれよ
  いつまでバカやってんじゃない
  自分だけ正しいとおもうな
  人の気持ちも考えなさい








 ナギサは北海道・苫小牧を拠点とするシンガーである。環境問題や平和運動に取り組む中でうたってきた。
 苫小牧が核融合実験炉誘致問題で揺れ動いたのは、一九八九年九月、「北海道核融合誘致推進研究会」が、北海道、北海道開発庁、道経団連に「苫小牧東部工業地域に核融合エネルギー開発センターの誘致」を提言したためである。一九九二年四月、道経団連、道商連、苫小牧商工会議所、核融合誘致推進研究会の四団体が「北海道核融合施設誘致推進会議」を設立した。
 誘致が目指されたのは、ITER(イーター、国際熱核融合実験炉)で、アメリカ、EU、ロシア、日本が協力してつくろうとした実験施設で、磁気閉じ込め方式トマカク型核融合装置である。炉の重量は五万トン規模で、原発の炉の五〇倍にもなる巨大施設である。ITER本体の建設費用だけで約一兆円を要すると見込まれた。運転費用や関連施設の経費を含めればさらに膨大な費用を必要とする。
 苫小牧が選定された理由は、海面全域の漁業権が消滅しているので取水排水が容易であること、数百ヘクタールの土地確保が容易であること、大規模港湾や千歳空港が近いことなどによる。
 しかし、ITERが持つ危険性は想像を絶するものだ。これほどの巨大施設が排出する放射能汚染は止めようがないだろう。まして事故が起きれば悲惨な被害が予想される。

  バブルはじけて待ちぼうけ
  苫小牧東部工業地域
  そのあげく人間達は
  場所探しのイーターにとびついた
  二〇世紀
  人間の作り出した「核の安全神話」は
  くずれさったというのに
  
  勇払原野が寝床の僕らは調べる
  「イーターってなんだろう?」
  「かくゆうごうってなんだろう?」
  「放射能は怖くないの?」
  二一世紀
  どんな神話がつくられるのだろうか?

 ナギサは、仲間とともに「ITERの苫東誘致に反対する会」を結成し、市民運動を展開した。ITER問題を訴えるために、パンフレット『苫東に核融合実験炉がやってくる?』(一九九二年)、『ITER問題Q&A』(一九九八年)、『勇払原野はぼくらのすみか――僕らのイーターレポート』(二〇〇一年)等を発行した。
 『勇払原野はぼくらのすみか』では、勇払原野とその周辺の海や沼の住人である、ほっきじい(前浜ホッキ)、こはくちゃん(菱沼こはく)、こんきち君(コンこんきち)から成るイーター探検隊の協力を得て、勇払原野とその周辺の自然環境を守ることをマンガで訴えている。
 ナギサは、一九八五年頃から仲間とともにフォークソングを歌い始め、「アッチョンプリケ」という名前のバンドをつくった。アッチョンプリケとは、手塚治虫のマンガ『ブラックジャック』に登場するピノコが発する意味不明の言葉からとった。ギター・歌の佐藤仁、バンジョー・歌の久田徳二、そして歌のナギサである。それぞれの職場が移動したこともあって、最近は三人そろうことが少なくなっているが、メンバーが苫小牧にもどった時には三人で活動する。
 二〇〇四年から、市内の有志で「ぴーすぷろじぇくと苫小牧」を組織し、平和の取り組みを繰り広げている。二〇〇五年苫小牧市民文化芸術振興助成事業として、戦後六〇周年記録誌『未来に希望の種を』を発行した。市民の戦争体験記、平和講演会や学習会の記録、原爆展の報告、子どもたちの読書感想文コンクール、広島派遣事業報告、文芸作品(俳句、詩)など多彩な内容である。
 雑誌の付録として製作されたCD『Peace Freaks 2005』には「みんなで幸せになろう!」という願いを込めて、苫小牧や周辺地域在住のミュージシャンのオリジナル曲を収録した。大山修一「Believe」、内山貴生「月」、牧野勝之「911」、ナギサ「Brother」(ギター:ダッチ)、エド&エゾ「いのちの歌」、シャイポール久保田「碧に抱かれて」である。

  あきらめるな ボールをうばえ
  息がきれる 足がもつれる
  流れる汗が シャツをぬらす
  「がんばれ」 君の声がきこえる

  ついていけずに こぼした涙
  流れたぶんだけ 強くなれる
  フェイクをかけろ シュートをきめろ
  「がんばれ」 君の声がきこえる

 バスケットボールの試合に出場した息子を歌うナギサは、ごく普通の母親である。
シャイポール久保田に取材した時、久保田は「ナギサって普通のオバサンだったでしょ」と言った。そういえば、ナギサに取材した時にも、同じ言葉を聞いた。「シャイちゃんって普通のオジサンだから」。
 普通のオジサン、オバサンが市民運動の中で歌う。普通の市民の愛の歌だ。恋人を思い、パートナーを思い、家族を思う。すぐに覚えられるし、いつでも歌える。平和を願い、人権を大切にし、環境保護を求める。誰もが持つ願いを歌い、歌を通じて連帯や共感を紡ぐ。誰でもどこでも歌える。各地のミュージシャンがそれぞれの思いをつづることで、地域の平和づくりの輪を広げているのだ。

 

Brother

僕が生まれた日に たくさんの命が生まれ
それぞれの世界で生きている
ブラザー 元気ですか
寒くて震えていませんか 愛されていますか wow wow

僕は想い馳せる あなたの願いは何だろう
同じ星を見上げてる世界中の
ブラザー 夢は何ですか
一人で泣いていませんか 愛されていますか wow wow

僕は願う 僕があなたを 傷つけずに
僕は願う 僕があなたを 殺さずに
この星で ブラザー 一緒に生きたいと願う

ときに僕は思う 命の重さって何だろう
人の命は地球より重たいって
誰が言ったの
あなたの命はどうですか 誰が決めるのですか

僕は憂う 君が戦場に送られて
僕は憂う 君が誰かを傷つけて
君が誰かの 命を奪うことを

みんな願う 誰もが傷つけあわずに
みんな願う 誰もが殺し合わずに
この星で ブラザー 一緒に生きたいと願う



 

マスコミ市民2007年8月