軍縮地球市民原稿

平和運動としての民衆法廷
   ――日本から世界に広げる


 
 イスタンブール法廷

 二〇〇五年六月、イスタンブール(トルコ)のトプカピ宮殿内の旧造幣局の建物で「イラク世界民衆法廷(WTI)」が開催された。
 ブッシュ米大統領やブレア英首相らのイラクに対する侵略の罪、イラク人民に対する人道に対する罪や戦争犯罪を告発するグローバルな民衆法廷である。検事団は、リチャード・フォーク(サンタバーバラ大学教授)とトルグット・タルハンリ(イスタンブール・ビルギ大学教授)ほか世界各地から国際法学者、弁護士、ジャーナリストなど約三〇名が加わった。日本で取り組まれた「イラク国際戦犯民衆法廷(ICTI)」もWTIの一環であり、ICTI検事団の猿田佐世・田場暁生・稲森幸一(弁護士)がWTI検事として参加した。イラク現地や各地から集まったイラク人、元国連イラク人道調整官などの専門家証人、多くのジャーナリストたちの証言が三日間にわたって続いた。国際法に違反する侵略、大量破壊兵器による無差別爆撃、クラスター爆弾や劣化ウラン弾の被害、インフラと市民生活の破壊、捕虜に対する拷問・虐待、女性に対する性暴力などが詳細に報告された。
 陪審団は、アルンダティ・ロイ(作家)を陪審長に、すべての大陸からの平和活動家や国際法学者が構成した。最終日にロイ陪審長の総括によって、ブッシュ大統領とブレア首相らの有罪が確認された。
 WTIはイスタンブール公判に至るまでに世界各地で公判や公聴会を開いた。ロンドン(二〇〇三年一一月)、ミュンヘン(同年一二月)、ムンバイ(二〇〇四年一月)、コペンハーゲン(三月)、ブリュッセル(四月)、ニューヨーク(五月および八月)、ベルリン(六月)、広島(一〇月)、ケルン(一一月)、ストックホルム(一一月)、ソウル(一二月)、ローマ(二〇〇五年二月)、バルセロナ(五月)、チュニス(六月)――各地の平和運動グループがそれぞれの創意工夫で法廷運動を繰り広げた。
 二〇〇三年三月二〇日のイラク本格侵略開始前に地球を一周した反戦デモが、史上まれに見る大規模な平和行動となったにもかかわらず、ブッシュ・ブレアの戦争を止めることができなかった。そうした挫折感や諦めが語られたときに、世界の反戦運動は、反戦デモの再活性化をめざすとともに、民衆法廷による裁きを考案した。事実と法理論に基づいた裁きを行うことによって反戦平和運動を理論的に支えなおす試みである。

 日本発の民衆法廷

 日本で取り組んだICTIは、より本格的な連続公聴会を実現した。大阪、東京、千葉、神奈川、名古屋、三多摩、沖縄、枚方、堺、福岡、マニラなどで公聴会を開催して、イラクにおける戦争犯罪の証拠を収集・分析し、国際法や国際政治の議論を展開した。さらに、京都と東京で四回に及ぶ公判を開催し、二〇〇五年三月の東京公判で最終判決を宣告した。検事団長はロメオ・カプロン(フィリピン、弁護士)。判事団は阿部浩己(神奈川大学教授)、申恵丰(青山学院大学助教授)、李長熙(韓国外国語大学教授)、ジョンソン・パンジャイタン(インドネシア、弁護士)である。
 ICTI実行委員会は、日本を拠点にICTI運動を展開するとともに、WTIの国際コーディネータとして参加し、ムンバイ、ブリュッセル、ニューヨーク法廷等にも参加し、イスタンブール公判の実現にも寄与した。
 以上のように、米英軍によるイラク本格侵略の犯罪を告発する民衆法廷運動は、日本から世界へ大きなうねりをつくり出すことに成功した。
 ICTIは、それに先行した「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷(ICTA)」の経験と成果を継承して内外での取組みを工夫した。ICTAとICTIが編み出したスタイル(現地調査、連続公聴会、国際法に準じた法廷構成、手続証拠規則等)は、ラッセル法廷、クラーク法廷、女性国際戦犯法廷の歴史を踏まえて、さらに検討を加えた結果である。ヴェトナム戦争におけるアメリカの戦争犯罪を告発したラッセル法廷から始まった民衆法廷の流れは、日本における民衆の挑戦によって、<グローバルな市民社会>の民衆法廷に発展を遂げた。反戦デモが地球を一周したように、民衆法廷も地球を一周して、平和運動の発展に加わった。

 平和運動の活性化を

 ICTAとICTIを担った民衆の課題意識は明確であった。
 第一に、被害を受けたアフガニスタンやイラクの人民と連帯し、彼らの協力を得ながら反戦平和運動を構築することである。戦乱の地での現地調査や、公聴会や公判への被害者証人の招請はもとより、法廷のあり方をめぐっても貴重な意見交換を行った。従って、民衆法廷運動の後も、女性の自由と権利を求めて活動するアフガニスタン女性革命協会(RAWA)と協力するために「RAWAと連帯する会」を発足させた。テロや暴力によってではなく平和的手段でイラク解放をめざすイラク市民レジスタンス、イラク女性自由協会等との協力のために「イラク市民レジスタンス連帯委員会」も活動を続けている。また、劣化ウラン弾などの禁止を求める「ウラニウム兵器禁止条約実現キャンペーン」を立ち上げた。
 第二に、加害国である米英の反戦平和運動と連携して、グローバルな民衆法廷づくりを実現することである。国際行動センター(IAC)、グローバル・エクスチェンジ(GE)、バークレーの平和運動との協力が続いている。「テロとの闘い」と称して圧倒的な軍事攻撃で世界を破壊しているアメリカがグローバリゼーションの本山であり、世界経済の不均等発展(未発展の押し付け)の根拠地であるから、現代平和運動の焦点もアメリカにこそ集中しなければならない。
 第三に、憲法九条を無視して侵略に加担した日本政府の犯罪を告発し、戦争協力を止めることのできなかった日本の平和運動の活性化を図ることである。日本政府は「憲法九条破壊活動」に専念しているので、もはや「憲法九条を守れ」と唱えても憲法九条を守ることはできない。改憲の危機が迫っている現在、九条明文改悪を阻止するための運動とともに、憲法九条の精神を活かすための取り組みを工夫していく必要がある。憲法九条の精神を活かすために、さらに工夫を重ねて平和政策を提言していく必要がある。民衆法廷運動の課題意識はここに発していた。
そのため日本における民衆法廷運動は、憲法九条を精神的支柱としながら、同時に国際人道法を意識的に活用する課題に取り組むことになった。国際人道法は憲法九条のような平和主義を掲げるものではないが、二十世紀における戦争の違法化(不戦条約)、武力不行使原則(国連憲章)、そして人道法(ジュネーヴ諸条約等)を内包している。これらの諸原則を忠実に遵守すれば戦争はできないといわれる。戦争を止められなかったから絶望するのではなく、戦争だから仕方がないと諦めるのでもなく、たとえ戦争であっても守らなければならない国際人道法や人権法を確認して、戦争犯罪や重大人権侵害を監視することが重要である。
人類が多年にわたる努力の末に到達した現代国際法を乱暴に破壊するブッシュ、ブレア、そして小泉こそ戦争犯罪人であることを、徹底的な事実調査と理性的な国際法的判断を通じて明らかにすることが、次の平和運動の確かな手がかりとなるはずである。平和力を鍛える課題は尽きない。

参考文献

前田 朗『民衆法廷の思想』(現代人文社、二〇〇三年)
前田 朗『侵略と抵抗』(青木書店、二〇〇五年一二月予定)

ウエッブサイト

イラク世界民衆法廷(WTI)
イラク国際戦犯民衆法廷(ICTI)

 

前田 朗(まえだ・あきら)

1955年札幌生まれ。中央大学法学部、同大学院法学研究科を経て、東京造形大学教授(専攻:刑事人権論、戦争犯罪論)。日本民主法律家協会理事、ICTA・ICTI共同代表。主要著作に『戦争犯罪と人権』(明石書店、1998年)、『人権ウオッチング』(凱風社、1998年)、『平和のための裁判』(水曜社、増補版2000年)、『戦争犯罪論』(青木書店、2000年)、『ジェノサイド論』(青木書店、2002年)、『刑事人権論』(水曜社、2002年)、『民衆法廷の思想』(現代人文社、2003年)等。