救援06年12月号
ヘイト・クライム(憎悪犯罪)(五)
ヘイト・クライム法
ホール『ヘイト・クライム』第六章は、ヘイト・クライム対策法を取り上げる。ジェイコブとポッターの『ヘイト・クライム』(オックスフォード大学出版、一九九八年)によれば、アメリカのヘイト・クライム法は四つに分類される。①犯罪が憎悪の動機による場合に刑罰を重くする法、②犯罪的行動を新しい犯罪として定義づける法、③特に公民権問題に関連する法、④ヘイト・クライムの報告・データ収集に関連する法、である。ホールはこの分類を参照しながら、アメリカの法律を順次紹介している。
一九六八年の公民権法は、現在のヘイト・クライム法の触媒となった。人種、皮膚の色、宗教、国民的出自のゆえに暴力や威嚇によって、選挙権、教育権、雇用の権利などの権利に介入することを禁止している。ヘイト・クライムそのものを対象にした法ではないが、ヘイト・クライム予防に関連すると理解されてきた。
一九九〇年のヘイト・クライム統計法は、アメリカ司法省をはじめとする法執行機関が、ヘイト・クライム情報を毎年収集し、公表すると定めた。人種、宗教、性的志向、民族によって動機づけられた犯罪に関連する情報を収集するもので、謀殺、故殺、強姦、暴行、傷害、放火、器物損壊などについて調査する。それによって、①刑事司法制度がより効果的にヘイト・クライムに対処できる、②法執行官がヘイト・クライムに敏感になる、③一般民衆がヘイト・クライムに関心を持つ、④アメリカ社会に「ヘイト・クライムに寛容であってはならない」というメッセージを送る、と期待された。
一九九四年の女性に対する暴力法は、被害者のジェンダーによって動機づけられた犯罪は、ジェンダーに基づく差別からの自由という被害者の権利を侵害する犯罪であるとした。これによってヘイト・クライムのカテゴリーに初めてジェンダーが導入された。
一九九四年のヘイト・クライム重罰化法は、犯行者が、被害者の人種、宗教、皮膚の色、国民的出自、民族、ジェンダー、傷害または性的志向に対する偏見によって犯行を行なったことが証明された場合、量刑を三〇%重くすることができるとした。
一九九六年の教会放火予防法は、宗教上の対立や偏見から教会・礼拝所に対する放火事件が続発したため、教会放火の量刑を加重するとともに、被害を受けた教会再建のために連邦がローンの保証をすることにした。
一九九九年のヘイト・クライム予防法は、上院を通過したが、下院を通過していない。ヘイト・クライムを重罪とし、訴追における連邦検事局の権限を強化する法律である。
州法に眼を転じると、ヘイト・クライム法において、年齢に関する規定(四州)、暴行傷害(四五州、コロンビア特別区)、民事訴訟(三〇州等)、情報収集(二三州等)、ジェンダー(二五州等)、制度的蛮行(四二州等)、人種、宗教、民族集団(四三州等)、性的志向(二八州等)の規定がある。
もっとも、ヘイト・クライム法に対してアメリカでもイギリスでも、理論的批判や実務的批判が生まれているという。法律を制定したからといってヘイト・クライムがなくなるわけではない。法律に対する反発を生じることもあるし、実務が十分に法律を適用しないこともある。表面だけ取り繕って、かえって密行化することもある。
とはいえ、ヘイト・クライム統計法を制定して、実態を明らかにした上で必要な立法の検討を行う手順は参考になる。
日本の人種差別
一一月六日、国連総会第三委員会において、ドゥドゥ・ディエン「人種差別問題」特別報告者が報告書のプレゼンテーションを行い、その中で日本における人種差別に言及した。
「国連人権委員会への公式訪問報告書において、特別報告者は、人種差別および外国人嫌悪が存在し、三種類の被差別集団に影響を及ぼしていると結論づけた。三種類の被差別集団とは、ナショナル・マイノリティ(部落の人びと、アイヌ民族、沖縄の人びと)、かつての日本の植民地出身者およびその子孫(コリアン、中国人)、ならびに外国人・移住労働者である」(「人種差別撤廃NGOネットワーク」の情報による)。
そして、日本には人種差別が存在すると認めること、それと闘う政治的意思を表明すること、人種差別禁止法を採択すること、および国内人権委員会を設置することを勧告した。
しかし、日本政府は、これらの勧告を拒否している。マス・メディアもまったく報道しようとしないため、日本国内ではほとんど知られていない。ディエン報告書は二〇〇六年三月の国連人権委員会に提出されたが、ほとんど報道されなかった。報告書については、前田朗「日本には人種差別がある――国連人権委員会が日本政府に勧告」『週刊金曜日』五九七号参照。二〇〇六年九月一八日、ディエン特別報告者は、国連人権理事会におけるプレゼンテーションの際にも日本における人種差別の存在を指摘したが、これも日本のメス・メディアでは報道されなかった。この点につき、前田朗「ミサイル実験以後の在日朝鮮人への人権侵害」『世界』七五八号参照。そして国連総会での報告である。それでも日本のメディアは報道しようとしない。取材していないわけではない。知らないわけでもない。ジュネーヴの国連欧州本部にも、ニューヨークの国連本部にも、日本の主要メディアは常駐して、取材しているし、国連のプレスリリースが直ちに送られてくるから、記者たちが知らないということは考えられない。そもそも記事を書いていないのか、書いてもデスクが潰すのかは知らないが、典型的な「マスコミ・ブラックアウト」である。
日本政府は人種差別の実態を調査しようともせず、「深刻な人種差別はないから人種差別禁止法は必要ない」と断言する。マス・メディアは、日本の人種差別が国連総会で取り上げられても報道しない。日本に生まれ育った日本国籍日本人は、国内では人種差別されることはないから、関心を持たない。現実に被害者がいるのに平気で無視する。それが人種差別の上塗りであることに気づこうとしない。NGOがディエン特別報告書を精力的に活用して日本社会の意識を変えていく必要がある。